一つ言葉にすれば、、、

思いを遂げる、夢をかなえるためには言葉にすることが大事。50代男性の想いを言葉にしていきます。

マラソン考(福岡国際マラソン最終回に思う)

ラソンは試合です。
勝負としての競い合いが見たいんです。

 

ラソンは見るスポーツから参加するスポーツに変化を遂げました。
その結果、昨今花盛りの市民マラソン大会では、自己との戦いとして、目標記録を目指して走る人がほとんどです。○○位以上と順位を目標に挙げる人は少ないけど気になりません。


しかし一方こちらはプロの試合です。これは別物なんです。

雌雄を決する戦いの場であるはずの国際マラソンであれば、結果としての記録は気になるけど、第一の目標は勝つことです。最初から記録だけを追い求める今の風潮は、ただの記録会で感動する試合にはなり得ません。

 

そんな風にマラソン観戦がつまらなくなってずいぶん経ちますが、伝統を誇っていた福岡国際マラソンが今年の大会でついに幕を閉じました。

福岡国際マラソンと言えば、かつて宗兄妹や瀬古、フランクショーター、イカンガーにロバートドキャステラなど、数え上げたらきりがないほどの名選手が好レースを見せてくれたものでした。

 

中でも忘れられないのは87年の中山竹通選手の独走レースです。
スタートから飛び出した彼の圧巻の走りは今でも目に焼き付いています。

 

時は流れ、現代のレースでは陸連公認(このことがそもそもびっくりです)のペースメーカーが30Kmまで先行し、選手はただただついていくだけ。レースの面白さ、駆け引きなどみじんもなく、いつのまにか記録会になってしまいました。

 

これは中継する放送局の意向によるところが大きいと思っています。
今日の放送も前半はただ記録を期待するだけでした。でもそれは作られたレースで自分で作っていないし考えていない。そんなのはレースではない、とは言いすぎでしょうか。

 

スタートから約1時間半は退屈な集団走を見せられ、記録の期待だけを連呼され、空いた時間には有力選手の紹介とインタビューを見せられる。この大会に限らず最近のマラソン放送はみな同じです。

 

そこに飽きてきたファンはマラソン放送から離れてきました。
最後の30分だけ、あるいは結果だけ見ればいいや、の風潮です。

テレビ局は打開策として、抜きつ抜かれつのドラマ性を求めて駅伝に舵を切りました。今や学生、社会人と駅伝花盛りです。
駅伝はレースとしては面白いのもあるけど、それがマラソン強化につながっていません。理由は明白です。

 

どうしても言いたいことがあります。

これまでも個人的に言い続けていますが、ブログという場を持ったのであらためて言います。

大会ではペースメーカーをなくしてください。

選手はみんな立派な時計をしているし、計測者も伴走しています。自分でペースを刻めないようでは一流選手足り得ません。

 

今日の試合ではある選手の戦略に「僕から仕掛けることはありません」というのがありました。それで勝てるわけがない。記録を目指したいなら市民マラソン大会で走って自己満足してください。

少し違うけれど、競馬で先行逃げ切り馬をなくしてしまったら面白いですか。

 

先に書いた中山竹通さんやシドニーの金につながったアジア大会のQちゃんのスタートからの独走、アテネ五輪で中間から独走した野口みずきさん。みんなワクワクさせられて応援に力が入りました。
またあんなレースが見たいです。


今や世界記録は遠く遥か。そこを目指すのではなく、本来の競争原理に帰ってほしい。切磋琢磨していくことがひいては記録の向上につながると信じています。

 

いろいろと想い出の名勝負を刻んできた大会の最後だけに、寂しさもあって思うところを書いていたらついつい長文になってしまいました。

 

最後のもう一度言いたいのは、私はマラソン見るのが大好きです。

 

これからのシーズン、記憶に残る試合が見られることを期待しています。